第三回 野村道場総括インタビュー

第三回 野村道場
総括インタビュー

野村道場で経験した心の交流で、憧れる力を育んで欲しい

野村:本音を言えば、子供たちと同じ畳の上に立ち、手取り足取り教えてあげたかったのですが、やはり安全を第一に考えて、今回もオンライン形式での開催としました。オンラインで、対人競技の柔道を教える難しさは感じてはいますが、モニターを通して、子供たちの表情や動きを見ながら、双方向でのやり取りができるように準備の段階から様々な工夫をしています。

―今回は、篠原信一さんに、松本薫さんと本当に豪華なレジェンドお2人が来場し、加えて夏の東京オリンピックの金メダリスト候補、大野将平選手が「サプライズスペシャルゲスト」としてオンラインで登場しました。これも新しい仕掛けですね。

野村:そうですね。これまでなら、予定が合わなければ会場までは来てもらえない。しかし、新しいデジタル技術を使えば、今回のように別の場所にいる大野選手にもリアルタイムで参加してもらえる。これは、オンライン柔道教室の強みです。野村道場が大切に考えているのは、トップ選手との交流です。篠原先輩、松本さんといった素晴らしい柔道家と共に、現役で、東京オリンピックで2連覇を狙う大野選手と交流でき、子供達の大きな喜びになったはずです。最後に子供たちのマイクをオンにし、躍動感にあふれた元気な声が聞こえた時は、ホッとしたのと同時に、あぁ開催して良かったと思いました。

―心の交流を通じて、「憧れる力」を子供たちに与えているのですね。憧れる力は、練習や理論だけでは教えられません。でも、夢に向かう途中では、技術同様、とても大きなエネルギーにも、助けにもなりますね。それをピュアに持ち続けるのは才能といっていいかもしれません。

野村:メダリストや有名な選手に柔道を教わるだけではなく、子供たちにはトップ選手と、色々な形で、生涯の宝物になるような心の交流をして欲しいんです。私の経験でいえば、山下(泰裕)先生や、細川(伸二)先生といった金メダリストにお会いして、当時は子供ですから、先生というより、「あっ、強くて有名な山下や!」ってもうミーハー気分でしたが。そこで一緒に組んでもらい、「頑張れよ」と頭をなでられた感動は、今でもはっきり覚えています。そのお陰で、更にやる気に火がつきましたし、いつかああいう凄い選手になりたい、と思って柔道を続けてきました。私は、色々なトップ選手にそうやって夢や大きなエネルギーを与えてもらいましたから、同じ機会を子供たちに提供したい。オンラインでは頭はなでられないけれど、画面を通じて、「おっ、すごいね」とか、「いいねぇ、頑張れよ」とほめてあげたいし、ゲームコーナーで遊ぶ時間には一緒に笑い合える。柔道の技術を伝えるのは大事ですが、このような交流を通じて、憧れや夢を持ち、心のエネルギーを灯して、育んでもらえればと願っています。

―古賀稔彦さん(ガンと闘病し、3月24日、53歳で逝去)はとても残念でしたが、野村さんにとって、やはり憧れの柔道家だったんでしょうか。

野村:私がようやく奈良県大会で優勝できるようになった高校三年生の時でした。バルセロナオリンピックで古賀選手が試合直前にケガをした状態で金メダルを取った姿をみて、衝撃を受けました。凄い、強いという柔道選手は他にもいたけれど、「カッコいい」、と特別な憧れをいだいたのは古賀選手が初めてです。大学四年で、私もアトランタ五輪の日本代表として、初めてチームメートになり、代表合宿などでみる、古賀先輩の集中力、気迫は凄かった。世界一になる選手、オリンピック金メダリストとして連覇を目指す選手の柔道との向き合い方を近くで見せてもらって、多くの事を学びました。豪快な一本や背負投は、日本だけでなく、世界中の憧れでしたし、引退後は柔道の普及・振興に尽力されていたので、トップを目指す若い選手たちには勝負の厳しさを、子供たちには楽しい柔道をもっともっと伝えて欲しかったです。

―大野選手が、野村さんや篠原さん、松本さんが技の指導をしているのを子供たちと同じように、画面越しに真剣に見ていた様子が印象的でした。彼もまた、野村さんや篠原さん、松本さんといったレジェンドたちに「憧れる力」を持ち続けているんでしょうね。

野村:今の小学生にしたら、東京オリンピックで2連覇しようという現役最強のチャンピオンが来てくれたのはうれしかったと思うし、何か感じ取ってくれたでしょう。大野選手の参加は、野村道場にとってもとても大きな喜びでした。子供たちが参加して充実感を味わうとすれば、出演してくれるゲストにも、やって良かった、来て良かったと思ってもらえればうれしいですね。日本には、世界中の柔道家が憧れる、素晴らしい選手が大勢います。

伝えたいのは勝負だけではなく柔道の精神

―オンラインで行われた二回目も今回も、教室の冒頭、礼法としての立礼や座礼の方の模範まで柔道の理念の講義に本当に長い時間をかけますね。毎回、野村さん、ゲストの皆さんの立ち振る舞いの美しさに驚かされます。

野村:そもそも野村道場は、子供たちに柔道の精神を伝えることをコンセプトに開催しています。強さを求める柔道、勝ち負けはもちろん大事ですが、伝えたいのはそれだけではありません。勝負に行き過ぎるのではなく、柔道の根本にある、  嘉納治五郎先生が柔道を創設した大きな理念2つがあるのを忘れないように取り組んで欲しい。「精力善用」は鍛えた心と身体を使って社会に役立て、「自他共栄」は、相手に対して敬い感謝することで、共に栄えある世の中を作ろうという考えです。

―例えば、子供たちの人口が減少しているのも、野村さんの時代とは大きく違っていますね。嘉納氏の唱えた柔道の本質、基本理念は果たして子供たちに伝えられているのか、指導の難しさもありますね。

野村:柔道人口も減り、もちろん町道場も減っています。こういう状況で、子供たちに柔道を選んで、受け入れてもらわなくてはなりません。その点でも、勝ち負けを争う競技の部分だけではなく、礼節を学び、相手を敬う、そういう精神を養える面も備えた柔道の素晴らしさを、再認識してもらえる活動を続けたいと思う。

―おじいさんが道場を創設され、お父さんは強豪高校の監督、お兄さんも将来を嘱望される選手で、叔父さんは五輪金メダリスト。これほどの柔道一家に育ちながら、勝負にこだわる育てられ方はされなかったんですね。とても興味深いですし、今、勝てない、強くなれないと悩んでいる子供たちへのメッセージになりますね。

野村:祖父の道場で柔道を始めてから一度も、負けて祖父に叱られた経験がありませんでした。ですから子供たちや親御さんには、ゴールは、決して「今」じゃないと知って欲しい。柔道は先生や親に強制されるものではなくて、自分で夢を描き、自分なりの目標を持って取り組むものです。やらされている練習よりも、自分からやろうと思って取り組む練習に意味があり、それを続けるのが何より大事です。私が中学に入った時はたった32㎏しかなくて、高校に入学してもまだ45㎏。名門の柔道一家に生まれて、兄は強豪の天理高校でも期待される存在でしたが、私は天理高校の監督だった父から ‘無理して続けなくてもいい’と言われるほど弱かったし、期待もされていませんでした。それが悔しくて頑張りましたね。

―誰も期待してくれていなくても、自分だけは明日の自分に期待しよう、と思っていた、と以前伺いました。

野村:努力がすぐに形に出る選手もいれば、結果に繋がらない人もいる。私は結果が出なかった時期も、未来の自分に期待しようと頑張っていました。後になってみれば、自分より体の大きな選手ばかりと組んでいたこの頃、自分の体重をうまく使い、相手のバランスを崩す自分なりの動きや、得意技となった背負投をじっくりと磨けたのだと分かりました。大学に入って体が出来上がり、それまで積み重ねてきた努力が一気に実を結び、オリンピック出場を叶えましたが、祖父の道場で柔道を始めた時から思えば長い道のりで、どこで花開くかなんて分かりません。ただ、祖父が教えてくれた柔道の楽しさ、柔道が好きという気持ちが、どんな時でも心の根底で私を支えてくれたから、懸命に取り組めたんだと思います。ですから子供たちには、‘今’ではなく、いつかたどりつけるゴールのために、柔道を大好きでいてもらいたい。野村道場が大事にする信念のひとつです。

―第四回 野村道場の開催計画は?

野村:夏の東京オリンピックが終って開催したいですね。そして、選手たちにはメダルを持って是非参加してもらい、子供たちに喜んでもらえれば、と考えています。できればオンラインではなく、一緒に畳の上で交流したいですね。

(インタビュー・構成 増島みどり)

増島みどり

1961年、神奈川県鎌倉市生まれ。学習院大卒業後、スポーツ紙記者を経て、97年よりフリーのスポーツライターに。88年のソウル五輪以降、夏・冬五輪とも現地に行き、野村氏が前人未踏の3連覇を果たした04年アテネ五輪や、ケガと闘った引退までを取材してきた。
法政大スポーツ健康学部講師、「スポーツコンプライアンス教育振興機構」業務執行理事も務める。

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